Yanagy0084の日記

うつ体験、発達障害考察、コンピュータ関連の記事を書いてます

発達障害 幼少の頃のはなし

ついでに幼少のころの話でも。
 
うちの場合、10ヶ月くらいで立ち上がり、1歳半ごろには文字を読み出したので、
頭いいんじゃないのか?と思っていた。
ブロック遊びとかもなかなか上手で、右脳もいけてそう、と考えていた。
 
しかし保育園での動向が発達障害児に似ていて、
・落ち着かない、突然どこかへ言ってしまう
・注意力に欠ける(人、車など周りに気がつかない)
などあり、最初はADHDなのかと考えていた。
自分に閉じこもることはないので、自閉症ではないことは明らかだった。
 
友達はあまりできなかったようだ。
うまく友達と遊ぶこともできず、すぐに喧嘩なってしまい、挙句の果ては
出入禁止になってしまった家もあった。
あいさつもしないし、片付けもしないので、あちらの親にしてみれば、
来て欲しくない子どもだっただろう。
 
自治体の医療機関で診断したところADHDといわれたので、やはりそうかと納得していた。
そのころはまだ親も知識がなく、よくある親のしつけが悪いのではないか、
などの悩みも多かった。
ADHDと診断されてからも、うまく育てれば、普通の状態に直るのでは?とも考えていた。
 
小学校に入り、字が書けない、手先を使ったことが苦手など、他の症状も出ていたので、
学校の授業では不十分であり、特別療育を行ったほうがよい、ということがわかり、
地域の特別学級に申し込んだところ、うまく入れた。
 
特別学級には週1回通学することになったが、家から自転車で20分くらい離れた所にあるので、
毎週送り迎えが大変だった。
行きは自分が会社を午前中休んで送り、帰りは妻が迎えに行っていた。
雨の日は大変で小雨なら傘を差して行き、土砂降りのときは車で送っていった。
まぁ、子どもと二人で過ごす時間も少なかったので、これもよい機会だと思っていた。
 
小学校5年くらいまではADHDだけだと思っていたが、とにかく漢字が書けず、
LDもあるのでは?と思い、いろいろ調べていくと、どうやらアスペルガー+LDも
併発しているらしいということがわかった。
これらの症状は根本は脳の発達の障害なので併発する子どもも多いらしい。
 

この時点で、普通の子どものように育てることは無理であり、相応の対応をとらないと
社会生活に適応できないという判断をした。
 
親として何ができるか。
何をしなければならないか。
それを考えるためにも、いろんな知識を得て、対処方法を試していくことにした。